名物うどんすき

美々卯の宝物、
大阪生まれの日本料理

美々卯が創業して間もない昭和初期、美々卯初代・平太郎が考案したうどんすき。
旨みが凝縮された関西の出汁に、贅沢な旬の食材を合わせた料理は
100年の時を経た今も愛され続けています。歴史から楽しみ方までをご紹介。

名物
うどんすきとは

「美々卯といえばうどんすき」とお客様に愛され続け、約100年という時が流れました。庶民的な料理であったうどんを、会席料理のように贅沢な鍋料理に昇華させた美々卯の「うどんすき」。出汁を尊ぶ大阪食文化の象徴として、数え切れないほどの物語を紡いできました。数多くの逸話やおいしさの理由、素材や道具に込められた考えなど、知ればさらに味わいが増すうどんすきのあれこれについてご紹介します。

うどんすきの
誕生

美々卯の代名詞とも呼ぶべきうどんすきですが、実は開店当時、品書きにその名はありませんでした。美々卯として道頓堀北詰に暖簾を掲げたのは、大正14年(1925)のこと。堺の料理旅館「耳卯楼」に生まれ、京都や大阪の料理屋で修業を重ねた初美々卯初代・平太郎は妻のきくと力を合わせ、蕎麦を主軸に季節の小料理でお客様をもてなす風雅な日本料理店として美々卯を開業したのです。当時の人気料理はうずら蕎麦や穴子蕎麦でした。

開業後、チャレンジ精神旺盛だった美々卯初代・平太郎は、もう一つ看板料理があればと思うようになりました。そこで、昭和3年(1928)頃にうどんすきを考案。その発端は妻のきくと二人で囲んだ牛すきにあったといいます。残り汁にうどんを入れて煮込むおいしさを、新たな料理へと昇華させて完成したうどんすき。麺が鍋底に焦げてくっついてしまう鍋焼きうどんと異なり、自慢の出汁や旬の食材も一緒に楽しめる新たな料理が誕生したのです。

慎重な性格だった美々卯初代・平太郎は食通の得意客に幾度もうどんすきを試食してもらい、ようやくお披露目となりました。特製の鍋にたっぷりと出汁を注ぎ、太めに打った自家製うどんと季節の食材をふんだんに加えてお客様の目の前で煮込むスタイルは、今日でもほぼ変わりません。これまでになかった贅沢で味わい深い料理は、デビュー早々からひいき筋を中心に人気に火がつき、多くの文化人やスター、官界の人々がうどんすきを求めて店を訪れました。

うどんすきの
歩み

昭和初期に誕生したうどんすき。美々卯初代・平太郎が生み出し、その後多くの方々に愛されて今日に至りますが、さまざまな苦難もありました。昭和20年(1945)3月の大阪大空襲では店が全焼し、戦時中に美々卯初代・平太郎が急逝。戦後、戦地から戻った長男の卯一が母のきくと共に身を粉にして美々卯を再建し、その後は他のエリアにも店を展開してまいりました。以降、三代目、四代目と代を継ぎつつ、うどんすきは美々卯の歴史と共に生きる存在です。

  • 一家で乗り越えた戦後

    美々卯初代・平太郎が亡くなったのは昭和20年秋。出征中で最期を看取ることができなかった長男の卯一が翌年に復員し、残された家族は一丸となって美々卯の再興に尽力しました。

  • 多くの文化人に愛された

    昭和22年、文豪谷崎潤一郎に蕎麦を給仕するのは未亡人となった薩摩きく。他にも政治家の尾崎咢堂や喜劇役者の古川ロッパ、画家の杉本健吉など多くの著名人が店を訪れました。

  • 店の看板料理から大阪名物へ

    昭和33年に会社組織化した美々卯は徐々に店舗を増やし、昭和35年にはお客様に勧められてうどんすきを商標登録。昭和36年の中部日本新聞の記事には「浪花名物」の文字が。

  • 幾多の改良を経て現在の形に

    誕生してから約100年、戦時中にやむなく休業した時期があったものの、うどんすきは常に小さな改良を幾度となく重ね続けて現在の形になりました。そしてまだ成長を続けます。

出汁と
素材に
妥協なし

美々卯にとって最も大切なもの、いわばブランドの命は何かと問われたらおそらく、ほぼすべての社員が「出汁」と答えます。100年という長い時を超えて守り続ける、美々卯の出汁。その美味しさを保つため、実は日々見直しと修正を繰り返しているのはあまり知られていない話です。気候の変動、さらには食材生産者を取り巻く環境も刻々と変わり続ける世の中で、どうすれば変わらない味をご提供し続けることができるか。美々卯の永遠の挑戦です。

出汁

天然利尻昆布

養殖昆布の収穫までの成長期間が約1年であるのに対し、美々卯が使う天然利尻昆布が要する時間は3年。年々生産量が減少する貴重な利尻昆布は生産者との交流も含め財産です。

2種類の鰹節

枕崎産の本枯節、土佐清水産の宗田鰹節を冷蔵保管の上、自社工場で削ったものを使用しています。利尻昆布とあわせ、各店で2時間かけあくを取り除き、煮詰めることですっきりとクリアな出汁が完成します。

素材

うどん

うどんすきに用いる麺は完全なる独自製法です。長時間煮込んでも出汁は濁らず煮崩れしない。適度なコシがあるうどん麺は、超低加水で仕上げ2度の熟成を経て完成させます。

うどんすきは、基本的に生野菜を使用しておりません。それぞれ具材ごとに下茹でや味付けを施すことで、出汁の中でそれぞれの野菜の旨味、さらには海老や鶏肉の旨味が幾重にも合わさり、それらを余すことなくうどんが吸うように作っております。

白菜巻

白菜は下茹でしてアクを取り除き、ていねいに巻いて仕上げています。そのひと手間が旨みを引き立てます。

にんじん

にんじん本来の鮮やかな色と甘みを最大限生かすため、出汁とわずかな量のしょうゆで下味を付けています。

里芋/海老芋

出汁でほっくり炊き上げました。冬は契約農場から届く海老芋を使用。優しい口あたりと上品な甘みをどうぞ。

絹さや/三度豆

鮮やかなグリーンカラーとしゃきしゃきした歯応えが何よりのアクセント。うどんすきの鍋に彩りを添えます。

結び三つ葉

召し上がりやすいよう一つひとつ結んだ三つ葉。「見た目の美しさも味のうち」と、美々卯の心を込めました。

しいたけ

干ししいたけを炊き直し、旨みを閉じ込めました。生にはない凝縮した香りと旨味が口いっぱいに広がります。

えび

小ぶりな車海老「才巻海老」を使用。豊かな香りと旨みが出汁に溶け出し、鍋の味わいを一層深めます。

焼穴子

穴子は事前に香ばしく焼き上げることで煮崩れを防ぐという役割も。芳しい香りと旨みが出汁に溶け込みます。

かしわ

関西では「かしわ」と呼ばれる鶏肉。やわらかな国産もも肉は、ぎゅっと噛むほどに濃い旨みが広がります。

飛龍頭(ひろうす)

がんもどきは関西では「飛龍頭(ひろうす)」でおなじみ。出汁をたっぷり含ませて最後までご堪能ください。

餅

美々卯の焼印を施した特製餅も欠かせません。出汁がしっかりと絡むことで、優しい食感と旨みが楽しめます。

季節の素材

うどんすきの具はほぼ決まっているものの、一部は旬の食材も。蛤や鱧、松茸など、季節の味わいもお楽しみください。


※季節や収穫状況等により、産地が変更となる場合がございます。

道具や器にも
理由あり

美々卯で長年使われているうどんすきの道具や器にも、さまざまな秘密や理由が宿っています。出汁の味わいや使用する食材に比べると、道具や器は時代によって変遷を経ているものの、些細なディテールに至るまでよく見てみれば先人の知恵や思いが見え隠れ。店舗によっても若干違っていたり、祖父母や両親の思い出話を聞いてみれば、今という時代の輪郭が新たに見えてきたりと、なかなかユニークな道具と器の内緒話をお伝えします。

うどんすき鍋

うどんすき専用鍋は、うどんを鍋縁にそって取ることで出汁が跳ねないよう美々卯初代・平太郎が考案しました。かつては鉄鍋、いまはステンレス製の鍋に。いずれも打ち出し製法でつくられています。ご家庭用に、より軽量なお鍋も大小2つのサイズをお求めいただけます。

出汁徳利

戦後間もない頃から丹波立杭焼の老舗「かねと窯」で作っていただいている出汁専用の大徳利。注ぎ口に麻紐を結ぶのは美々卯社員の大切な仕事で、今もそれは変わりません。

貝杓子

若い世代には珍しがられる貝杓子ですが、実は日本の伝統工芸です。美々卯ではずっと使い続けており、本店では今も本物の貝杓子が現役選手。もちろん日本の海で獲れた貝殻です。

うどんすきの
楽しみ方

美々卯でうどんすきをお召し上がりくださるお客様には、サービススタッフが責任を持って最後まで給仕をさせていただきます。というのも、うどんすきには一連の流れがあって一番おいしい状態でご堪能いただきたいというのが私たちの願いだからです。すべての順番や作法には理由がありますが、一度店でご体験いただいた方、またはこのご説明をご覧くださった方であれば、宅配の美々卯のうどんすきを簡単にご自宅でもお楽しみいただけます。

  • まずはたっぷりと出汁を注ぐ

    鍋の中に静かに出汁を注ぎます。黄金色に輝く香り高い出汁を、たっぷりと。注ぎ入れたら弱火にかけ、ゆっくりと熱を加えます。グツグツではなく細かな泡が立つ程度が正解です。

  • 最初にうどんを入れる

    熱くなった出汁に最初に入れるのはうどんの麺。うどんすき用に作られた麺は煮崩れすることもなく出汁が濁ることもありません。鍋の縁を這わせるようにして静かに入れます。

  • 芋とお餅は最後に

    煮崩れしにくい食材から鍋に入れます。その際、彩りのバランスも考えるのが美々卯流。活け海老はトングを使ってしっかり沈めるように。火が通ったら、お召し上がりください。

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